デジタル農業(農業DX)
新興国(開発途上国)
「農業」「農村社会」「農村行政」のデジタル化を分けて考えよう
最近、私が非常に気になっていることがあります。
先日のブログで「農業デジタル化」を公開した後に気づいたのですが、日本の農林水産省は「農業」「農村社会」「農村行政」の異なるデジタル化を、「DX」という曖昧な単語のもとに、完全に混同しているのです。
これは、農林水産省が2021年に公開した「農業DX構想」を読むとはっきり分かります。
これらの単語を英語で書くと
・農業→「Agriculture」
・農村社会→「Rural community」
・農村行政→「Rural administration」
となり、全くの別物です。
よく考えればわかりますが、「農業」=「農村」ではありません。
日本の首都である東京23区や、京都市、大阪市のような大都市でも農業は営まれていますし、農村部である北海道の南富良野町に、孫泰蔵さんのようなスタートアップ投資家が住んでいたこともあります。
ところが、農水省が進める「農業DX構想」は、大変残念なことに「農業」「農村社会」「農村行政」の3つを完全に混同しています。
私は、現在の農林水産省の「農業DX構想」は総花的内容で誤解を招く上に、実効性に欠ける部分が多く、早急に整理・是正すべきだと考えております。
※孫泰蔵さんは、ソフトバンク創業者で代表取締役の孫正義さんの実弟です。実はそのソフトバンクが農業デジタルサービス「e-kakashi」を孫正義さんが直々に「有望な新規事業」と位置づけ、精力的かつグローバルな規模でビジネスを進めているのですが、それは稿を改めて説明したいと思います。
日本の農村地域は高齢者が多く、スマートフォンの普及が遅れているそうです。この問題は日本に限らず世界共通です。
そこで、JAグループは「DX」に本格的に取り組み始めました。この4/21(木)に、第1回のセミナーが開始されました。YouTubeのアーカイブ配信で視聴することが可能です。
具体的には、農村地域へのスマートフォンやLINEの普及、JA運営の事務面におけるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)、農業資材の注文書などへのAI-OCRのなどのデジタル技術の導入という内容でした。
※AI-OCRは光学文字認識(OCR)を人工知能(AI)によって高度化したものです。NECソリューションイノベータ、パナソニック、ソフトバンクなどの解説を御参照下さい。
これは「農村社会のデジタル化」と「農協内部の事務処理のデジタル化」ということなので、どんどん進めていただくと良いと思います。
このセミナーの登壇者の岩佐 哲司 氏(JAぎふ代表理事組合長)が指摘された重要な点があります。
岩佐 氏によると、日本の農村で「デジタル化」の話をすると「訳がわからなくなって難しい本を1ページだけ読んで寝る感じ」になってしまうのだそうです。
私も、西日本の自治体の話として同様のことを伺ったことがあります。
そこの自治体の農業関連の委員会で農業の「デジタル化」について議論したところ、委員の方たちが「デジタル化がさっぱりわからない」ということになり、きわめて重要なテーマであるはずの農業そのものの「デジタル化」の対応が結局、完全に棚上げになってしまったそうです。
これは、上記の通り日本の農林水産省が「農業」「農村社会」「農村行政」を混同していることが最大の原因だろうと思います。結果的に、農林水産省の総花的な「DX」政策が、地方のデジタル化を妨げる結果となっているのです。繰り返しますが、私は、この現状は早急に是正されるべきと考えています。
「デジタル・ディバイド(デジタル分断)」という言葉がありますが、デジタル化は諸刃の刃で、導入方法を誤ると格差が拡大してしまいます(この点については稿を改めて説明します。)
一方、JAぎふなどの全国のJAでは、お年寄りの組合員に無料スマホ教室を開催するようになっているそうです。JAの組織力を活用して、日本の農村部の高齢者にデジタル端末の利用法を手取り足取り教えるのは、デジタルによる格差が縮小することを意味しており、大変良いことだと思います。
孫泰蔵さんが書籍『東アジアが変える未来』の中で「デジタル化なんて言っているのは日本だけ。他の国ではデジタル化は当然のこととなっている」という趣旨のことをおっしゃっています。
これは、開発途上国に行くと感覚的によく分かります。
日本はあまりに様々なシステムが整備されすぎてしまい、デジタルサービスがなくてもそれなりに快適な暮らしができるのですが、東南アジア、南アジア、アフリカといった地域の国々ではそういうサービスがそもそも整備されていませんでした。
そこに携帯回線(3G/4G)による高速インターネット接続、スマートフォン端末の普及、クラウドサーバの普及、の3点セットによる多種多様なデジタルサービスの提供が始まったので、開発途上国の社会環境が一気に進化し、この10年程度で世界の状況が急速に変わったのです。
むしろ、孫泰蔵さんが指摘されるように日本をはじめとする先進国のほうが、かえって世界のデジタル化に取り残されつつあるというのが世界の現状です。
実は世界最大の先進国であるはずのアメリカですら同様だそうで、アメリカの地方部では携帯電話もつながらない、固定回線でインターネットにつなごうにも、低速なダイヤルアップ回線しか利用できないというところが未だに存在するとのことです。
一方、日本ではあまり認識されていないと思いますが、私がこれまで訪問した開発途上国では、インドやアフリカの片田舎でも、人間が住んでいる地域で携帯電話がつながらないところはほぼ存在しませんでした。
その観点から見ると、全国津々浦々で4G携帯回線や光ファイバーが利用できる日本は、先進国としては非常に恵まれたインフラ環境なのです。あとは、デジタル化の波に取り残されている方たちをどうやって取り込むかという、その一点だけです。スマートフォン端末さえ普及してしまえば、様々なデジタルサービスの提供と享受が可能になるからです。
その意味において、JAが推進する「農村社会」におけるデジタル端末の普及は、営農のデジタル化に向けた基礎づくりとして非常に重要な動きと言えるでしょう。