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デジタル農業(農業DX)

農業バリューチェーン

デジタル農業とは「農業バリューチェーン」の全体最適化

私は、これまでに開発途上国(東南アジア3か国、南アジア1か国、アフリカ1か国)の農業デジタル化の現状を見てきました。

途中、2020年初頭からコロナ禍が始まってしまいましたが、幸い、コロナ禍も少しずつ収まってきており、開発途上国の農業の現状を継続して見ることができています。

日本では農林水産省が、2013年頃から「スマート農業」という概念を、2021年には「農業DX構想」を掲げ始めました。

私は、日本の農水省の取り組みそのものをを全て否定するわけではありません。ただし、日本の農林水産省が掲げるこれら2つの施策については、大幅な軌道修正が必要だと私は考えています

「スマート農業」は、日本の少子高齢化に伴う農業生産の省力化と、農産物の生産性・品質の向上という目的に限定されている上に、デジタル化とロボット・自動化が混在しています。(この点については、稿を改めて別途説明したいと思います)

「農業DX構想」に至っては、農業生産だけではなく農業関連行政のデジタル化まで混在しています。

国連食糧農業機関(FAO)という、世界の農業全体について取り扱う、国連の専門機関があります。

FAOが現在掲げているのは、「スマート農業」ではなく「デジタル農業」なのです。(御関心のある方は、「FAO Digital Agriculture」または「FAO E-Agriculture」で検索してみてください」)

詳細は長くなるので稿を改めたいと思いますが、「デジタル農業」と、農水省の「スマート農業」「農業DX構想」は似て非なるものだと考えます。「デジタル農業」は農業全体のバリューチェーンを対象とした幅広い概念なのです

FAOが定義する「デジタル農業」を日本語に翻訳すると、以下のようになります。

農業バリューチェーン内の農家やその他のステークホルダーが食料生産を改善することを目的とした、1つのシステムに統合された新しい高度な技術の利用。

https://www.fao.org/e-agriculture/news/digital-agriculture-feeding-future

http://breakthrough.unglobalcompact.org/disruptive-technologies/digital-agriculture/

わかりやすく言うと、FAOがデジタル技術で考えているのは、この記事のタイトルに書いた「農業バリューチェーン全体の最適化」ということです。

しかし、日本の農林水産省の「スマート農業」は、農業全体の最適化ではなく、ロボット技術や、ICTによる農産物・品質の向上を図る農業の「部分最適化」にすぎません。「農業DX構想」についても同様です。

一点、誤解していただきたくないのですが、私はロボット技術の農業導入を否定しているわけではありません。むしろ、ロボット技術を導入できる農家さんはどんどん導入するべきだと考えています。農業行政のデジタル化についても同様です。

ただし、日本の農業経営体の規模を考えると、高コストのロボット技術を導入できる農家はごく一部に限られるのではないか?というのが現実的な結論です。

それでは、「バリューチェーン全体の最適化」とは何なのでしょうか?

誤解を恐れずにいってしまえば、農業全体に「トヨタ方式」を導入するということなのです。

農業で見習うべきは「トヨタ方式」のうち、工業製品生産に関連する「自働化」や「からくり」の部分ではなく、適切な需要予測に応じて必要な製品、すなわち農産物を必要なだけ作るということです。ここでなぜあえて「トヨタ生産方式」と言わないかについては、稿を改めて説明したいと思います。

日本の多くの製造業が中国、台湾、韓国企業との競争に負けて凋落する中、なぜトヨタ(もしくはトヨタグループ)は現在も強さを維持できているのか?

それは、「必要な人」に「必要なもの」を「必要なだけ」届けることができているからです。これが、「バリューチェーン全体の最適化」です。

松下電器(現:パナソニック)創業者の松下幸之助氏が唱えた「水道哲学」も、「トヨタ方式」と同じ概念です。水道の蛇口をひねるといつも水が出てくるように、消費者が求める製品を必要なときに必要なだけ必要な量を供給する、ということです。

こういう書き方をすると、日本の農業はバリューチェーン最適化ができていないからダメなのか、とお怒りになる方もいらっしゃるかも知れません。しかし、実は、工業分野(製造業)でもバリューチェーン全体の最適化ができていない日本企業は多かったりします。

実は、農業分野では日本に限らず、世界的にバリューチェーンの最適化が難しかった理由があるのです。それは、農業環境計測と生体情報計測の技術の難しさとコストの高さ、青果物の鮮度保持の難しさ、市場需要の変動予測の難しさ、など多くの技術的な要因があります。

幸い、デジタル技術の導入コストは低減を続けているため、農業経営体の規模に応じた適切な技術を、適切なタイミングで農業分野に導入すれば、これらの課題を徐々に変えていく力があるのです

繰り返しになりますが、農業のデジタル化で目指すべきは農業バリューチェーンの「全体最適化」であり、個々の農家さんはそのゴールを見据えて「部分最適化」を図っていくべきだと考えます。

日本では、唯一この点に気付いている自治体が存在します。このことについても、稿を改めて触れたいと思います。

(追伸)
余談ですが、現在のパナソニックは残念ながら「水道哲学」を実践できていないように見受けられます。私は同社のLet’s Noteを愛用しているのですが、カスタマイズ仕様を同社の通販サイトで買おうとすると頻繁に品切れが起きており、いつも買い替え時期を逃してしまいます。これは、現在のパナソニックが水道哲学を実践できていない一つの証拠だと思います。